大判例

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広島高等裁判所 昭和48年(ラ)12号 決定 1973年9月06日

抗告人

吉藤ルリ

外一六名

右抗告人ら一七名訴訟代理人

鈴木惣三郎

久行敏夫

相手方

日焼忠雄

相手方

上野谷建設株式会社

右代表者

上野谷精

主文

本件各抗告を棄却する。

理由

第一抗告の趣旨および理由

抗告人らの抗告の趣旨および理由は別紙抗告の趣旨および理由書記載のとおりである。

第二当裁判所の判断

一事実誤認の主張について

原審挙示の資料によれば、原審の認定した事実(原決定第三の一の(一)ないし(五)の各事実)を認めることができる。

もつとも、原審における大之木建設株式会社(以下単に大之木建設と称する。)広島支店営業部長田中則之の審尋の結果によれば、昭和四六年八月三日空鞘神社で開催された大之木建設の説明会では、相手方日焼忠雄からの質問は仮定的なものであつたことが認められるけれども、疏乙第六号証および原審における日焼忠雄本人の審尋の結果によれば、「シーアイマンション広島(一一階建)が建築された頃、現場には伊藤忠商事株式会社(以下単に伊藤忠商事と称する)の職員は殆んど来ておらず、全部大之木建設が窓口となり、また共同ビル建築ということで伊藤忠商事の代理を務めていた。そして、昭和四六年八月三日空鞘神社で開催された大之木建設の説明会では、本件建物の具体的建築計画の話はでなかつたが、相手方日焼忠雄(以下単に日焼と称する。)は、シーアイマンション広島の計画図を見て、殆んどの窓が日焼の家の方に向いていたので、窓は川のある方向に向くよう設計変更してくれと申し入れたが、これについては伊藤忠商事の本社の方で計画したことで、今更どうにもならないという返事であつた。そこで、日焼において、その隣の宅地に同じように一一階建のビルを建てたらどうなるのかとの質問に対して、大之木建設としては、通風採光のことを考えて建てるのだから境界線一ぱいに建てられて結構ですという返事をした。その後、日焼は本件建物を建てる計画のあることを再三にわたつて大之木建設の方に話しており、その都度心配ありませんからという返事であつた。

ところで、日焼は、シーアイマンション広島の建築中であつた昭和四七年三月頃、本件建物を建築するに当つてマンション居住者から文句が出た場合には、伊藤忠商事が責任をもつて解決するという覚書を貰つておこうと考え、同商事に書面を送つたが、分譲マンションだから責任は持てないと拒絶された。また、日焼は同商事に対し、日焼の宅地の方にビルが建つ予定ということを、シーアイマンション広島の分譲を希望する人にわかるように、パンフレットか何か適当な方法で知らせるようにしてくれるよう依頼したが、これも拒絶された。そこで、初めの話と違い、伊藤忠商事はシーアイマンション広島を建てて売つてしまうと、責任はないと言つて逃げてしまうと考えた日焼は、何とかして、シーアイマンション広島の分譲を希望する人に本件ビル建築のことを解つてもらうため、縦六尺横三尺の原審判示の看板を掲げた。日焼が右看板を掲げてから後、沢山の人が様子を見聞きしに日焼のところに来訪した。そして、日焼の予定説明を受けて、マンションの下の方は買つてもだめだなどと話した人もいた。」ことが認められるから、前記田中の審尋の結果必ずしも前記認定のさまたげとはならないし、他に前記認定を左右するに足る資料はない。

そして、以上の認定事実を綜合すると、原審認定と同旨の「伊藤忠商事は、シーアイマンション広島の建築に先だち、あるいは建築中に、日焼から本件建物建築の意向およびそれに伴う日照阻害の問題を告げられ、いろいろ接渉を受けたが、日焼の申出はいずれも拒絶しており、伊藤忠商事ないしその代理人において、本件建物の建築には何ら支障がない旨言明している。また、シーアイマンション広島に入居するにあたり、抗告人らにおいて、伊藤忠商事や相手方らに本件建物の用地の利用について問い質すなどの注意を払えば、現在の事態を予見できなくはなかつた。」ことが推認されるから、この点についての抗告人らの抗告理由は採用できない。

二権利濫用の主張について

抗告人らの提出した疏明によると、「昭和四七年一〇月二〇日頃からシーアイマンション広島の住民、特に六階以下に居住する抗告人らが中心となつて、日焼ビル建設阻止闘争を計画し、後に自治会を結成し、その代表者らは数十回日焼らに面会するなどして、本件建物の建築阻止に務めた。その闘争の目的は、日焼に本件建物を現在の予定地に建築することを断念させることであつた。従つて、その交渉の内容も、伊藤忠商事が日焼の本件建物建築予定地を買取ること、ないし代替地の提供がその主たるものであつた。そして、第三者の仲介が得難いため、昭和四八年一月中旬になつて、広島市へ仲介を依頼した。そこで、広島市役所の中村公聴課長が個人の資格で仲介にあたり、日焼ビル用地には低いものを建築し、伊藤忠商事が用意する代替地に本格的な貸ビルを建てる案などが提案されたが、日焼の同意が得られなかつた。その後、抗告人らは広島簡易裁判所に対し調停の申立をしたが、不調に終つた。」ことが認められるけれども、本件記録にあらわれた全資料によると、次の事実が認められる。

(1)  日焼が、本件建物建築予定地の代替地の提供等の申出に応じなかつたのは、右土地が祖先伝来の土地であつて、日焼の住宅のある宅地と一括利用が望ましい状況にあるためであつた。また、日焼からシーアイマンション広島との間隔をあけて建築する案を出したが抗告人らに拒否された。日焼も数ケ月間本件建物の建築を控えて接渉にあたつた、そして、本件建物は、始め一一階建のビルとする予定であつたところ、日照等の問題でもめるので、これを七階建に設計変更し、さらに五階建に設計変更したうえ、資材の値上りがはげしく、損害が大きくなるため、本件建物の建築にふみきつた。

(2)  日焼は、昭和四七年一〇月本件建物の建築確認申請を提出し、同年一一月一〇日その確認を得たうえ、翌年四月相手方上野谷建設株式会社が工事に着工したが、本件建物の設計には建築基準法その他の法規違反は認められない。

(3)  日焼は、伊藤忠商事および伊藤忠ハウジング株式会社に対し、シーアイマンション広島の設計が建築基準法違反である等広島市西警察署に告発をした。その結果、同警察署としては、「建築基準法違反以外の点は容疑がないが、現地調査の結果、シーアイマンション広島の建築は建築基準法に違反している。すなわち、隣地との間隔が約二〇センチメートル不足しており、三階の三室が住居として定められた採光条件を充たしていないため、同マンション三階三室を建築基準法に適合するように用途変更させるなど行政指導をする。」こととしている。

(4)  日焼の本件建物は、賃貸アパートであつて、その目的は土地の経済的利用であるのに対比して、抗告人らの主張しているのは生活権等に由来する利益ではあるが、シーアイマンション広島は分譲住宅であり、抗告人らが入居したのは昭和四八年八月初旬頃であつて、その居住期間も比較的短いし、充分な日照が得られなくなるとしても、一定の補償を受けて、他の同様の分譲住宅を購入して移転することも不可能ではない。反面、シーアイマンション広島は分譲住宅として経済的利益を得る目的で建築されたものであるところ、シーアイマンション広島の建築のため日照を奪われた十数名の被害者が存在する。

以上の認定事実に、前段認定のシーアイマンション広島の建築にあたつての経緯、原審認定の、抗告人らの居住のシーアイマンション広島と工事中の本件建物との関係位置、本件建物の建築予定地附近が商業地域、準防火地域に指定されており、現在の都市計画は右基本計画に基づいて進められていること、相手方らの受ける損害、本件建物の設計変更の可能性がほとんどないこと、および抗告人らの被害状況等を綜合して考えると、以上のような事情の存する本件にあつては、本件建物が建築されても、抗告人らは、隣地マンションの居住者としてその不利益を受忍しなければならないものというほかないから、抗告人ら主張のように、日焼が抗告人らの代替地への建築などの要望に耳をかすことなく本件建築を実行に移したからといつて、未だ、害意若しくは悪意ある行為として権利濫用となるものということはできない。従つて、この点に関する抗告理由は理由がない。

三結論

以上要するに、住宅に対する日照等確保の問題は、国民の日常生活に直接関係する重要かつ深刻な問題であつて、充分尊重検討を要する問題であるけれども、本件にあらわれた事情のもとでは、相手方らの本件建物の建築が抗告人ら居住のシーアイマンション広島の分譲住宅に対し、右認定のとおり日照等の障害を与えるからといつて、相手方らの右建築を違法ないし権利の濫用にあたるものとして、抗告人らに対し建築差止の請求権を認めることはできないから、その請求権のあることを前提とする本件仮処分の申請はこれを認容できない。

よつて、本件仮処分の申請を却下した原決定は相当であつて、本件抗告は理由がないからこれを棄却すべきものとし、主文のとおり決定する。

(宮田信夫 弓削孟 野田殷稔)

抗告の趣旨

原決定を取消す。

相手方らは別紙物件目録記載の土地上に二階を超える建物を建築してはならない。

旨の裁判を求める。

抗告の理由

一、広島地方裁判所は抗告人らの仮処分申請を被全保権利の疎明が十分でないとして却下したが、その理由とするところは事実の判断を誤り、更には判断の遺漏があるから原決定を取消して右抗告の趣旨記載の仮処分決定を求めるため本抗告に及びました。

二、事実誤認

(一) 第三当裁判所の判断一、(一)、(六)の点

原審は「伊藤忠商事はシーアイマンション建築に先だち、相手方日焼より本件建物建築の意向および、それに伴う日照阻害の問題を告げられたにもかゝわらず、これを無視し本件建物の建築には何ら支障のない旨の言質を与え」と認定しているが、これは原審で調べた大野木建設田中営業部長の審尋結果と全く反する認定である。

即ち昭和四六年八月三日空鞘神社で開催された大野木建設の説明会で、日焼からの質問は全く仮定的なもので、「本件建物」を建設することを前提とするものではなかつた。

この事は、昭和四七年二月頃日焼から大野木建設に車庫建設の相談がなされたり、また同社が、本件建物とは別の個所にビル建設のスケッチを渡したことをもつてみても明らかである。

また伊藤忠商事、大野木建設が本件建物の建築には何らの支障もない旨の言質を与えたというも全く事実に反する。

右田中はシーアイマンションについては関係住民の承諾を得ているのであるから万一日焼側でビルを建てる時は被害住民の同意を得てほしい旨確言しているのである。

昭和四七年夏頃まで本件建物の敷地部分は相手方日焼の経営する日焼木材株式会社が木材置場並に乾場として使用しており建物建設を推認させる具体的な事実は全くなかつた。

従つて相手方日焼においてビル建設の計画があつたのなら当然その計画書を大野木建設なり伊藤忠商事に提示して設計変更等の申し入れをなすべきであり現に木材置場等として使用している場所にビル建設計画があると告げられたとしても、それを聞いた大野木建設等がかけひきの一方法にすぎないと即断したのも首肯できることであろう。

三、第三一(六)3について

原審は「十一階建の近代的高層建物の居住環境は、我国古来の木造建物のそれと異なり日照通風等の自然的恩恵の享受を多少犠牲にしてもなお快適な生活をなしうる人工的配慮が建築上施され、かつ高層建物居住者自身このことを承知して選択したもの」と判断するがこの事は裁判所の独断に過ぎない。

湿気の多い我が国の風土において自然に最も適しているのは木造土壁の建物で、これは先人達の智恵である。

ところが近時土地等の騰貴により一般の勤人が広島市内に居住用の土地・建物を求めるのは不可能である。甲第四号証で明らかな通りシーアイマンションの分譲価格のうち抗告人ら関係分は四三〇万円から七六〇万円であるが、この様な価格で広島市近辺に居住建物を求めることができないことは公知の事実である。

抗告人らとしても真実は土地付の居宅を求めたい気持は強いが経済的事情等で止むなくマンションを買受けたに過ぎず、抗告人らが好んで選択したとの認定は全く心外である。

とくに広島地方における住民の持家に対する熱望は強く、需要に対して供給が賄い切れず場所等の条件が良ければ、マンション計画発表と同時に売切れる事例も少しとせず、購入側に殆んど選択の余地のないことは顕著な事実である。

甲第五号証にみられる様に抗告人の殆んどは、マンション購入資金を銀行等から借り入れ月々返済している状況で、その居住する建物も多年辛苦のすえ蓄積した財産でもつてやつとの思いで手に入れたものである。

四、抗告人らの損害

抗告人らが本件建物により蒙る損害は日照・通風等生活の最も基本的・本質的な問題であつてこれによつて侵害されるのは憲法上も保障されている人格権・生活権である。

しかもこの侵害は一過性のものではなく将来にわたり永久に続く。

前記のとおり抗告人らは多年にわたつて蓄えた財産と借金でもつて生活の基礎としてマンションを購入したのであるが、購入時の価格と現在では、土地・木材・鉄材・セメント等の高騰により少くとも四割は高値となつており、到底他に買代えることは不可能であり、また、原審の認定する様な担保責任で賄える問題ではない。

他方相手方日焼の本件建物建設は経済的利益の追求のみで、本来的には損害の質を異にするものである。

五、抗告人らと相手方の交渉経過

本件のような被保全権利並に主張の相当性を判断するためには、当事者の損害回避への努力交渉経過もまた重大な要素となる。

そこで抗告人らは原審において、第一回準備書面二において、交渉経過を陳述し、その疎明もしたが原審が、この点を主張にとり上げず、かつ判断も示さなかつたのは明らかに判断の遺漏がある。

即ち、詳述は重複するから避けるが、相手方が伊藤忠商事・大野木建設にビル建設の意向を正式に表明したのは昭和四七年三、四月頃で、この時も建設の具体性は示さず原審認定のように購入者から異議を出さないようにしてくれとの一方的な通告であつた。

当時シーアイマンションはコンクリート工事を殆んど終り、内装にかかつていた状態であつたが、その申し入れは到底両社は受け入れることができずこれを拒絶した。

その後同年一〇月二〇日頃本件建物建築計画が明らかとなるや、抗告人らは数十回にわたり、相手方日焼と交渉を重ね、更には、広島市役所中村公聴課長が

イ、日焼建設予定地を伊藤忠商事が買取る。

ロ、日焼所有地全部を同社が買取る。

ハ、代替地を提供する。

ニ、建設は二階までとし、伊藤忠が所謂空中権の補償をする。

の四案を示し抗告人ら並に伊藤忠は右いずれの結論にも従う意見を表明したが、相手方は日焼はすべて拒否し、果ては本件建物敷地で得る金銭と他で得る金銭とは額は同じでも価値が違うと極言する有様で、事態解決に一片の誠意も示さなかつた。

前記抗告人らが蒙る人格権・生活権の侵害に対し相手方らの損害は全く財産のものに過ぎず若干の不便を忍べば代替地等により本件建物で得る収入かそれ以上のものが得られたのである。従つて相手方らの損害を回避する方法はあつた。

これをも一方的に拒否し、本件建物建築を抗告人らの懇請を無視し、一方的に強行する相手方日焼の権利行使は明らかに権利の濫用であつて許されないものである。

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